東京地方裁判所 昭和61年(ワ)2966号 判決
一 原告が本件特許権を有すること、本件発明の特許請求の範囲の記載及び構成要件が原告主張のとおりであること、被告リヨービが被告製品を製造販売し、被告イマジクスが被告製品を販売していることは、当事者間に争いがない。
二 そこで、被告らの右行為が原告の本件特許権を侵害するものであるか否かについて以下判断する。
本件特許権の本件発明(一)と被告製品とを対比するに、被告製品の別紙目録の(1)記載の構造が本件発明(一)の構成要件Aを、同目録の(7)記載の構造が本件発明(一)の構成要件Cをそれぞれ充足することは、当事者間に争いがない。次に、被告製品が本件発明(一)の構成要件Bを充足するか否かについて検討するに、成立に争いのない甲第二号証によれば、(1)従来、正逆方向の送りを可能とした送り機構を有する写真植字機において、欧文、つめ印字等一文字ごとに文字幅の異なる文章を行末方向から印字するためには、文字の割付け計算等の前処理をするか、又は左付き文字盤とともに右付き文字盤を使用する等の方法があつたが、この後者の方法によつても、同一文字、同一書体の文字盤を二枚必要とし、非常に不経済であるとともに、写真植字機も同一文字、同一書体の文字盤を二枚載置する必要があるため、他の文字盤を載せるスペースがなくなつてしまうという欠点があつた、(2)本件発明(一)は、右欠点を解消し、欧文、つめ印字等一文字ごとに文字幅の異なる文章を行末方向から印字するときに、印字に先立つて印字する文字の字幅分の送りを行うようにした写真植字機を提供することを目的として、特許請求の範囲1記載のとおりの構成を採用し、これにより、通常の送りの場合も逆方向の送りの場合も、割付計算等の前処理や右付き文字盤等を何ら必要とせずに、左付き文字盤又は上付き文字盤を用いて行末方向から容易かつ迅速に印字することが可能となるなどの効果を奏するものであることが認められる。他方、被告製品を表示するものであることについて争いのない別紙目録の記載によれば被告製品は、本件発明(一)の構成要件Bの「制御回路」に当たる別紙目録の(4)記載のマイクロコンピユータが、(一)同目録の(3)記載のとおり、「文字枠固定指令」を受け、文字枠を固定させる一方、同目録の第二図記載のとおり、文字枠固定を完了するのに必要な時間を文字枠固定タイマーにより定め、その時間の経過後、同タイマーの終了を知らせる信号(以下「タイマー終了信号」という。)を受けて次の処理を行うものであること(同目録の第二図には、マイクロコンピユータが、文字枠固定タイマー終了後、バツク送り指令がでていることを確認したうえで、送り量演算の作業をする旨記載されているにとどまり、特に、タイマー終了信号を受ける旨の記載はないが、マイクロコンピユータが文字枠固定タイマー終了後に次の動作に移るためには、文字枠固定タイマーが終了したことを知らせる信号がなければならないことは、右第二図から自明である。)、また、(二)同目録の(4)a記載の「左付き又は上付き文字板の使用信号」及び同目録の(2)記載の「バツク送り印字指令」を受けたとき、同目録の(4)a記載のとおり、「文字板検知器の文字板検出回路が検出した文字板の位置情報により、印字文字の文字幅情報を算出し、その文字幅情報とレンズ情報に基づいて、マガジンを移動させるための送り量の演算を行い」、更に、同目録の(3)、(4)b及び(6)記載のとおり採字、マガジンの移動及び露光というシーケンスの動作をさせるものであることが認められる。右認定の本件発明(一)の内容及び被告製品の構造に照らせば、被告製品の右構造が本件発明(一)の構成要件Bにいう「左付き又は上付き文字盤の使用信号、及び移動体を印字方向と逆方向に移動させる旨の信号を受けたとき、印字文字の文字幅情報とレンズ情報等をもとに印字文字の文字幅あるいは前記移動体を移動させるべき量を計算し、採字、移動体の移動、露光というシーケンスの動作をさせる制御回路を有した」との構成を具備することが明らかである。また、前認定の本件発明(一)の内容及び前掲甲第二号証によれば、本件発明(一)においては、構成要件Bにいう「文字盤枠の固定信号」を受けて、構成要件Bにいう「印字文字の文字幅情報」、すなわち、次に印字すべき文字の文字幅情報が、制御回路に入力されるものであるから、文字盤枠の固定が完了しないと、次に印字すべき文字を確認しえない以上、この「文字盤枠の固定信号」とは、文字盤枠の固定指令信号ではなく、文字盤枠の固定が完了したことを知らせる信号でなければならないものと認められる。これに対して、被告製品は、前(一)認定のとおり、「文字枠固定指令」を受け、文字枠を固定させる一方、文字枠固定タイマーにより文字枠固定を完了するのに必要な時間の経過後、タイマー終了信号を受けて次の処理を行うものであるから、この文字枠固定タイマーは、文字枠を固定するのに必要な時間を経過させ、右の時間が経過し文字枠の固定が完了したことをタイマー終了信号によりマイクロコンピユータに知らせる機能を有し、そして、マイクロコンピユータは、右のタイマー終了信号を受けて次の送り量演算の作業を開始するものであり、右によれば、このタイマー終了信号は、まさに、文字枠固定が完了したことをマイクロコンピユータに知らせる信号であると認められる。そうすると、被告製品は、本件発明(一)の構成要件Bの「文字盤枠の固定信号………を受けたとき、………の動作をさせる制御回路」との構成をも具備するものというべきである。以上によれば、被告製品の前(一)、(二)認定の構造は、本件発明の構成要件Bを充足するものである。被告らは、(1)本件明細書の本件発明の実施例についての記載及び本件発明の特許出願の願書に添付した図面の第7図等の記載によると、本件発明(一)の構成要件Bの「文字盤枠の固定信号」とは、文字盤枠の固定完了信号を意味するものと解すべきであるのに対し、被告製品は、文字枠固定の後にマイクロコンピユータのタイマーにより一定の時間が与えられ、タイマーが終了した時点で、マイクロコンピユータが次の処理を行うようにプログラムが組まれているにすぎないから、被告製品のマイクロコンピユータは、文字枠固定完了信号を受けてはいない、また、(2)本件発明のように、文字枠固定完了を確認して次の動作を進める方法と、被告製品のように、文字枠固定完了に要する時間を予測して、所定時間経過後次の動作に進むという方法とは、その技術的思想を異にする旨主張するが、(1)本件発明(一)の構成要件Bにいう「文字盤枠の固定信号」は、文字盤枠の固定が完了したことを知らせる信号であるのに対し、被告製品は、タイマーが終了した時点でマイクロコンピユータが次の処理を行うためには、タイマーが終了したことを知らせる信号が必ず必要であつて、このタイマー終了信号も、文字盤枠固定が完了したことをマイクロコンピユータに知らせる信号であること前説示のとおりであるから、被告らの右(1)の主張は、採用するに由なく、また、(2)前掲甲第二号証によれば、本件明細書の発明の詳細な説明の項には、本件発明の一実施例の説明として、「90、91はレンズの情報、及び文字枠固定完了等の信号を送出する信号線である。」(本件公報三頁五欄八行、九行)、「114は文字枠固定の完了信号の入力端子」(同三頁五欄一七行、一八行)、「1の採字がおこなわれると設定制御卓89の印字操作レバー又はスイツチが操作され、2の文字枠固定がなされて夫々の信号が端子114、115に入力される。」(同三頁五欄二五行ないし二八行)、「採字61がなされ、設定制御卓89の印字レバーが操作されると、まず文字枠固定62がなされる。すると夫々の信号が端子114、115に達して」(同三頁六欄一〇行ないし一三行)と記載されていること、本件明細書の図面の簡単な説明の項には、「114………文字枠固定信号入力端子」と記載されていること、及び本件発明の特許出願の願書添付の図面の第7図には、文字盤74と制御回路87を結ぶ信号線91上に、文字盤から制御回路の方向に矢印があること、以上の事実が認められ、右認定の事実によれば、本件発明の一実施例においては、文字盤74から制御回路87に対し文字盤枠固定完了信号が信号線91を通じて送られることが認められるものの、右実施例においても、文字盤枠固定完了を判断しそれを知らせるための手段については、特定の構造のものが明記されているわけではなく、また、右の説明にしても、一実施例についての説明にすぎず、更に、本件発明(一)の特許請求の範囲においても、単に「文字盤枠の固定信号………を受けたとき」と記載されているだけであり、文字盤枠固定完了を判断しそれを知らせるための具体的な手段については何ら限定はないので、本件発明(一)の構成要件Bの「文字盤枠の固定信号」は、文字盤枠固定が完了したことを知らせる信号であれば足りるというべきであつて、文字盤枠固定完了信号を出すための手段は、文字盤枠の固定完了を検知回路により具体的に検知する方法であろうと、文字盤枠固定完了に必要な時間を設定して、設定時間の経過を待つ方法であろうといずれでも構わないというべきであり、したがつて、被告製品のような後者の方法を採る構造も、本件発明(一)の構成要件Bの「文字盤枠の固定信号」の構成を具備するものと解すべきであるから、被告の右(2)の主張も、採用するに由ないものといわざるをえない。更に、被告らは、本件発明の特許性は、印字指令スイツチを入力した後、印字動作が終了するまで、何ら手動操作をすることなく文字枠固定、送り、露光、文字枠固定解除を一連の連続した動作として完了するよう構成した点にあるのに対し、被告製品は、採字後、文字枠固定指令スイツチの入力により、文字枠の固定とマガジンの送りが行われるが、更に、印字指令スイツチを入力しなければ、露光及び文字枠固定解除が行われえないものであるから、本件発明(一)の構成要件Bを充足しない旨主張するが、そもそも、本件発明(一)の構成要件Bは、前認定のとおり、「文字盤枠の固定信号と左付き又は上付き文字盤枠の使用信号、及び移動体を印字方向と逆方向に移動させる旨の信号を受けたとき、印字文字の文字幅情報とレンズ情報等をもとに印字文字の文字幅あるいは前記移動体を移動させるべき量を計算し、採字、移動体の移動、露光というシーケンスの動作をさせる制御回路」というものであつて、文字枠固定指令スイツチ又は印字指令スイツチの入力のような手動操作をどの段階でどのようにするかというようなことは、その構成として何ら規定していないのである。また、本件発明の目的及び作用効果は、前認定のとおりであつて、本件発明は、被告らが主張するような、印字指令スイツチを入力した後、印字動作が終了するまで何ら手動操作をすることがないということとは何ら関係がないのである。したがつて、被告らの右主張は、採用することができない。更にまた、被告らは、本件特許異議答弁書の記載を引用して、本件発明における特許性のある構成に関して主張するが、成立に争いのない乙第三号証によれば、本件特許答弁書の記載は、被告らの主張を根拠付けるものでないことが明らかであるから、被告らの右主張もまた、採用の限りでない。
以上によれば、被告製品は、本件発明(一)の構成要件をすべて充足し、本件発明(一)の技術的範囲に属するものと認められ、したがつて、被告らの行為は、本件特許権を侵害するものといわなければならない。
三 よつて、原告の本件発明(一)に係る本件特許権に基づく本訴請求は、理由があるから、これを認容することとする。
〔編注1〕本件における請求原因は左のとおりである。
1 原告は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、その特許発明を「本件発明」という。)を有する。
特許番号 第一一一五八一三号
発明の名称 写真植字機
出願 昭和五一年一〇月一四日
出願公告 昭和五六年四月四日
登録 昭和五七年九月二九日
2 本件発明の特許出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の記載は、本判決添付の特許公報(以下「本件公報」という。)の該当項の1、2記載のとおりである(以下右特許請求の範囲1記載の発明を「本件発明(一)」、同2記載の発明を「本件発明(二)」という。)
3(一) 本件発明(一)は、次の構成要件からなるものである。
A 文字の印字方向及びその逆方向のいずれへもトラベル系あるいは感材ドラム等の移動体を移動しうるよう構成されていて、
B 文字盤枠の固定信号と左付き又は上付き文字盤の使用信号、及び移動体を印字方向と逆方向に移動させる旨の信号を受けたとき、印字文字の文字幅情報とレンズ情報等をもとに印字文字の文字幅あるいは前記移動体を移動させるべき量を計算し、採字、移動体の移動、露光というシーケンスの動作をさせる制御回路を有した、
C 写真植字機。
(二) 本件発明(二)は、次の構成要件からなるものである。
A トラベル系あるいは感材ドラム等の移動体を移動させる駆動源を制御する送り制御回路と、
B シヤツター等の開閉を制御する露光制御回路と、
C レンズ情報及び文字幅情報をもとに移動体を移動させるべき量を計算し前記送り制御回路に送る演算回路と、
D 印字文字の大きさを指定するレンズ指令、移動体の移動方向指令、印字指令などの各種押釦等を備えた設定制御卓とを持ち、
E 該設定制御卓から印字方向と逆方向に移動体を移動させる指令を受けたとき、前記送り制御回路、露光制御回路、文字盤枠の固定信号等を受けて、採字後、移動体の移動、露光というシーケンスで印字動作を行わせるよう構成した論理回路を有した制御回路を備えたことを特徴とする、
F 写真植字機。(以下省略)
〔編注2〕本件における目録は左のとおりである。
別紙第一図(システム構成図)及び第二図、第二a図及び第二b図(写真植字機の作動フローチヤート図)に示すとおり、
(1) 文字の印字方向及びその逆方向のいずれへもマガジンを移動しうるよう構成されていて、
(2) 正面パネル等に設置した所定のスイツチにより、バツク送り印字指令を入力した後、
(3) 所望の文字を採字した後、主レバーの手動操作により文字枠固定指令を入力して文字枠を固定させると、
(4) マイクロコンピユータにより、
a 左付き又は上付き文字板の使用信号あるいはつめ印字の使用信号が入力されている場合には、文字板検知器の文字板検出回路が検出した文字板の位置情報により、印字文字の文字幅情報を算出し、その文字幅情報とレンズ情報とに基づいて、また、前記使用信号が入力されていない場合には、レンズ情報に基づいて、それぞれマガジンを移動させるための送り量の演算が行われ、
b 右演算された送り量に相当する分だけ送り制御回路によりマガジンがバツク送りされ、
(5) 次に、主レバーの操作により、印字指令を入力すると、
(6) マイクロコンピユータにより制御された露光制御回路により露光(印字)が行われた後、文字枠固定解除が行われるようにした
(7) 写真植字機。
<省略>
第二図 写真植字機の作動フローチヤート
<省略>
<省略>
(以下省略)